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父の命日に

父を見送って 9年になります
お墓には遠くていけませんから お仏壇で合掌

もうずいぶん経つのに 父のことが鮮明に 私のこころに 時々顕れてきます
厳しい人でした 
努力の人でした
情の深い人でした・・

晩年 癌になり手術をしましたが再発 再び手術 3か月後に亡くなりました
3年生存率は50%に期待をしましたが (しないほうの50%でした)
セカンドオピニオンも勧めたけれど 昔気質のひとで
「主治医に申し訳ない」と言いました
再発した時も 出向の医者が「私の大学病院に紹介しますよ」と言ってくれたのに本人は断りました

余命数か月の頃
たまたま近くに総合病院が出来て そこに転院・通院
やがて入院 3週間くらいでなくなりました
痛かったしきつかったこともあったでしょうが あまり言いませんでした
死を受け入れているようでした
「これが運命だ やり残したことはない ・・ただ母さんのことが心配だ・・」


いろいろ思い出されますが こころに残るのは
晩年いっぱい話しができたことでしょうか
そして何よりも最後の最期まで”生きざま”を 身をもって教えてくれたことでした
親として 一人の人生の先輩として・・

父が2度目の手術をしてから 母も体調を崩していたので 遠距離看護
そして最期の日々を病院のベッドの横で看護
そんな中で 人生の事・生きるということ・死ぬということ・・いっぱい沢山の事を伝えてもらったような気がします

晩年 あんなに厳しかった父が穏やかでした
戦争で満州に行った事・新婚時代の事・私たちが生まれたときのことなどいっぱい話してくれました
時には2時間近くも「あー疲れた 楽しかったけど今日はおわりー」という日もありました
私も始めて聞くことが多かったです
そして 数か月後 母のことを私たちに託し
私たちを抱きしめて有難うと言って 出発して 逝きました


病院のベッドのそばでいろいろ話している時 言いました
「箱がひとつある お前が読んだら燃やしてくれ お前が読んでくれたらそれでいい」

私 父を見送った後で その箱を開けました
昔の私や孫たちからの手紙や赤茶けた育児手帳 自分史・日記や写真の切り抜きなどが きちんと整理されてありました
夫や妹や孫たちに「観る?」と聞いたけど
「代表して読んで 燃やして」と言われました

でもまだ 燃やせていません いつでもその気になったら燃やせるし~と
モノは 誰かに使ってもらったり欲しい方に差し上げたり 焼却場に運んだりしましたが
父の思いが詰まった(と感じる)ものは まだ燃やせません
何なのでしょうね 以来観ていないし
箱には再びガムテープを張って押し入れの中に入れたままなんですけどね・・


父の真似をして
まさかの時のために メモを書いてあります
 「いざとなったら救急隊員の人にみせてね
 意識の無くなった時に緊急入院したら Dr.にこれを必ず見せてね」と夫にも伝えてあります
 子どもたちにも伝えてあります
 「人生いつ何が起こるかわからないからね~」と
内容は必要以上の延命治療はいらないとのこと


  そうそう ”脳死の場合の臓器提供の意思あり”も免許証の裏に書いてあります
  これは若い頃から考えていることですが
  ただ どこもかしこも最近ではメンテナンス必要となり人様に使ってもらえるようなものはないかもしれませんが
                                             (#^^#)


          **********


先日息子が遊びに来ました
彼が仏壇に手を合わせている姿
横に飾ってある夫と私の両方の親たちの写真がふと目に入り 
こうしていのちって繋がっていくんだな~ってしみじみ思いました


「仏さまにお願いはしない方がいいのですよ
お願いばかりをしていると 仏さまに心配をかけますから
いつも見守っていてくださってありがとうございますと感謝して手を合わせましょう」と
いつかの住職さんのお話が心に残っていて
以来 「いつも見守っていてくれてありがとう」チーン!です



                     読んでくれてありがとう!

  

by bienes | 2016-09-20 22:52 | 家族

ひょんなことからドイツ語を学び始めました!人生っていくつになっても花いっぱい♪日々のくらしもつづっています


by bienes
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