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ドイツ語のある暮らし

人生の扉


久しぶりに竹内まりあの曲をきいた
大好きな声と曲

人生の扉

20代・・fun

30代・・great

40代・・lovely

50代・・nice

60代・・fine

70代・・alright

80代・・good

そして
90代・・live over

デニムが色あせていい色になっていくように人生もいい色に色づいていくのだ

私はfine 楽しく朗らかに生きていくのだな~♪(#^^#)

          今日も来てくれてありがとう!


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by bienes | 2017-01-18 23:41 | 人生 | Trackback | Comments(0)

つんく♂さん

今日のスタジオパークは つんく♂さんがゲストでした
声がないので パソコンでお話ししてくれました

『喉頭がんを知って 大事な声よりも家族のために生きることを選んだ』つんく♂さん

想定外な人生のハプニングを超えて
また新たな道を切り開いていかれている姿に 強さを感じました
きっと本当に山をいくつも乗り越えて今があるのでしょうし 
これからも超えなくてはならない山もあるでしょう
でも 大事な家族もいるし大好きな音楽もある
こうしてTVに出てパソコンでお話ししてくださる姿はみんなに勇気を与えてくれます


番組の初めに ”笑ったこと”を今日のテーマにしたいと言っていました
”明るく生きていく!”って
病になっても いえ ならなくても 生きていくうえで大事な事なんだなあと最近思うことが多いです


          **********

寒い・寒い
ついに オイルヒーターを出しました
夜だけつけます
まだこたつは 出していません
でも湯たんぽには 退院してからずーっとあっためてもらっています
湯たんぽは湯沸かし器から入れて簡単だし 朝まで優しい温度でじんわりあっためてくれます
もっと寒くなると湯たんぽを2つ おなかと足元にします(母の真似です(#^^#))

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今日も来てくれてありがとう!


                  


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by bienes | 2016-11-07 20:07 | 人生 | Trackback | Comments(2)

たいせつな人

昨日は 何だかPCも開く気が起きず
ドイツ語にも意欲がでず・・
なんだか こころの元気が出なかった

          **********


叔母の事が気になるのだ
親戚ではないが 親戚以上のひと 大事な人

幼い頃 (両親が共働きだったとき)
私を面倒をみてくれて よくかわいがってくれたひとたち
私の事をきっかけに 両家は60年以上 家族同様のお付き合いだった
おじいさんおばあさんは亡くなった 私の両親ももういない
私も60をすぎたが 当時お姉さんだった叔母はもうすぐ80


その叔母が転んで大腿骨骨折をして入院・手術したというのだ
もともと膝の軟骨がなくて杖をついてやっと歩いていた叔母が入院したというのだ

顔を見に行った
叔母が とてもやせていてビックリした
小さくなった


叔母は 私をみて とても喜んでくれた
「おもいがけない うれしいわ」と何回も口にしていた

「リハビリしんどい 微熱がある 痛くて動けない ご飯がたべられない
救急車だったから こんな遠くの病院になったの
おとうさんは毎日来てくれるけど 心配でね
寂しいの こんな自分がはがゆいの・・」と言う

・・・
叔母の手をさすりながら
母の入院時代が思い出されてきて 
切なく悲しくなってしまった




そんな訳でちょっと元気がでなかった・・・ 


身体もつかれているので眠った 目が覚めてから DVDを観た
西田敏行さんと松阪桃季さん主演の 『マエストロ』
後半 こんな言葉を西田さんの指揮者が松坂さんにいった

  『人はいつかはしぬ

   音楽は一瞬だ 人間の命も一瞬だ

   でも誰かと響きあえたら 永遠になるんじゃないか』

この言葉に ちょっと 救われた気がした
叔母の姿に もう会えなくなるかもしれない・・と思って
自分を見失いそうになっていた私
自分の気持ちにおぼれそうになっていた

しっかり
今やれることを やろうと思った

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                       今日も来てくれてありがとう!


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by bienes | 2016-10-03 19:44 | 人生 | Trackback | Comments(2)

3.11あの日を忘れない

あの日のことは忘れない

亡くなった方々のご冥福をお祈りします
そして一日も早くこの状況が改善されていきますように


     ***

3.11 あの日私は遠くから美しい富士山を眺めていた

震源地はどこ?みんなどうなっている?え?まさか、本当に?
ラジオやTVにくぎ付けになった。目を疑った。体が震えた。
急いで車を走らせて自宅に戻った

母が「こんな地震生まれて初めてーこわかった」と言った


その後 停電やら断水やらいろいろあったけど 東北の方たちの状況を思えば何の苦にもならなかった


行ける友人はボランティアで炊き出しに行った
行けない私たちは食料を託した
義援金を集めた
原発で避難してきた友人もいた でも「悩むけどやっぱり帰る」と戻っていった
おばあちゃんを残して避難・引っ越してきた方も知っている
子どもの甲状腺検査をドキドキして受けていると聞いた  ・・・


     ***

5年経った
復興が進んでいるところは大きく取り上げられていたし
全体でももうちょっとは進んでいるのだろうと思っていた

でも最近の報道をみていると 苦悩の状況がさらに深くなってきているのに気づく

原発のこともまだまだ解決していない
 

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忘れないこと
思い続けること
自分に出来ることをやり続けていくこと
忘れない



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by bienes | 2016-03-11 14:23 | 人生 | Trackback | Comments(2)

嬉しいことに・・

”うれしいことに・・” に続くことを

今日は10個だけあげてみる

     ***

  ・お部屋が少しづつ片付いている・・ちょっとずつ 空間がひろがってきた

  ・カップが5つもあれば十分だということに気付いた

  ・以前は収納に興味があったけど、今はミニマリストな暮らしのほうに興味が行くようになった
  
  ・ドイツ語が少し進歩してきたのを実感した

  ・花粉症が少し落ち着いてきている


    ・・・・・とここまで書いて 次がなかなか出てこない

                 もうちょっと考えてみる


  ・こうして ブログをやれている・・そうだ!
                   ゆとりがないとPCに向かう気力も元気も出ないから

  ・共感できる人たちがいる・・いろんな意見や考えを発信できる事ができ、
                いろんな考えを知ることができる

  ・夫と 遠く・近くと毎週出かけている・・温泉・ちょいと近くのスーパー・本屋・図書館・公園など
                    疲れぬ程度?のドライブ

  ・腰や肩も痛いけど QOLは保てているし行きたいところにもいける

  ・子どもや孫も元気でいる



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何気ないことが嬉しいことなんだな~



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by bienes | 2016-03-07 19:54 | 人生 | Trackback | Comments(2)

楽しんで

今日は粉雪ふる冬日

やっと太陽が顔をだした

でも春はもうすぐ!

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「たのしんでや~もっと楽しんでや~
 楽しんでこそ 人生やで~ 
 あんたはん 人生 楽しんではりますか~?」 と雛様たちの声か?!                     

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by bienes | 2016-03-01 12:30 | 人生 | Trackback | Comments(2)

人生はいろいろあって 毎年様々なことがおこります

去年はダンナが骨折したり 膝を悪くしたり
私も薬がふえました
あちこち 旅もしました 
義兄の一人のガンがみつかったり~ 結婚や出産もききました
友人の死と・・ 身近なあちこちで いろいろなドラマがありました

人生こうして振り返ると
まあ同じようで 毎年いろんな想定外も起こりながら 誰もが年を重ねていっているわけです

          **********

   前置きが長くなりましたが ここからが本題

さて みなさんは 自分がぼけるとおもいますか?あるいは 最近ぼけてきたと思いますか?
ぼけたねっていわれたことがありますか?
 

私の母は88で見送りました
最期のころは 子や孫の名前が混乱していたし料理の仕方も忘れていました
置き場所を忘れて「あんた どこかにもっていった?」と聞いて来て 一緒に探しました
昔のことはよく覚えているけどここ数年のことは靄の中 覚えていても前後混乱でした
でもたまに それはこうしたらいい!とか適切な子供(私)へのアドヴァイス
頭のさえている時もあり 「さすが母親!」と 驚かされることもありました

「自分でも最近覚えられないし忘れることが多いの~」と母自身ショックもあったらしいけど
順調に老いていっていたのでしょう

私は そんな母の世話をしながら 何年も母中心の生活があり 
たのしくうれしい時・やさしくできる時もあれば 疲れて母にきつく接するときもありました
娘の私 言いたいことを言いつつも できる限り一生懸命お世話もしました
   ・・・・・

でも時々反省します
もっとやさしく声かけてあげたり世話してあげたらよかったな~って 思いだすんです
 (私の中の母さんは いつもやさしく微笑んでいるんです)
母は「娘だからあんたに甘えているね~」と 病院で最期のころ トイレに支えていく私に言いました
母も喜んでくれていただろうし 私も精いっぱいお世話できたから それはよかったなあと思っているけど・・

「母さん最近ぼけてきているよ。もう何回も同じことを言っているよ」とかEtc
そんなに悪気はなかったつもりだけど  「ぼけた」という言葉を使ったことは
母さんにはどう聞こえていたのだろう?と・・・

   
  親戚たちが集まったときに 最年長の私の言動に 「ぼけてるよ」とツッコミをいれられると
  それは親愛の情であるとしても ちょっと寂しく悲しい気持ちが ふとこころどこかに湧いてきます
    (これは誰にも言っていませんけどね)

自覚はあっても 自分では口にしていても
それを誰かに言われるとちょっと かなしい気持ちになるんですね

母のことを思い出します 「母さんごめんね」

  この年齢になってみての実感ですね ^^;


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by bienes | 2016-01-04 15:41 | 人生 | Trackback | Comments(0)

”終活”をたのしむ

友人が亡くなった。
12月に入り訃報のお知らせが6枚届いた。
物心ついてから今までに、何人の方たちの旅立ちを聞いただろうか

ここ10年ぐらいは 身近なひとを見送るたびに
最期をどんなふうに終わりたいのか?特別なことではなくなった

父や母の世話をすることで 一番大きなテーマを身をもって伝えてくれたような気がする
だから ”お別れ”はとてもさびしいことだけど いつかはやってくることで
だからこそ その分今をしっかり生きることだと 
人生の大事なことをおしえてもらったような気がしている

父はドクターにお手紙を書いていた(私たちにも見せてくれていた)
主な内容は 治療はやってほしいが必要以上の延命は望まないという内容だった
Dr.はその意思を尊重し 私たち子供たちの意思を確認しながら 最期を見守ってくれたと思う
母も父のように逝きたいと元気な時に、事前に伝えてくれていた
だから 茶飲みばなしに 生も死も病も結婚も孫の話もTVの話もなんでもいっぱいすることができた


それからも 友人の生き様や TVやネットで終末期を迎える人たち・家族の様子をみたり
町医者である長尾Drの ブログも 目からウロコの内容で 愛読させてもらったり
いつしか”死”は突然やってくることも 少し・あるいは長い準備期間をそえてやってくることも
改めて自覚するようになったかな


いつ命の終わりがくるか?びくびくしてはいないけど
”生きている””生きること”の実感は 日々持っていたいと思う
悔いのないところで生きたいし、逝きたいというのが 一番大事にしたいところかな

ゆうじんとの会話の中で 改めてふとそんなことを思ったので 書いてみた


(いつもこういう話をすると ダンナは 『人生思い通りになんか行かないよ~』という
 かもしれないし・・でも まあ、私の人生だから 終活もいろいろ楽しんでおくことにしています)

          ・・・・・・・

  *最近Deutschの話題がすくないなあ~と自覚
   今クリスマスの歌を練習しており、そのうちいくつかは歌えるようになります~emoticon-0159-music.gifemoticon-0105-wink.gif



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by bienes | 2015-12-18 12:34 | 人生 | Trackback | Comments(0)

贈れる人のある幸せ

宅急便を送った。
今回は 娘宅と妹宅へ

いつも こまごまと箱に詰めながら 心がほっこりする
あれも、これもと いろいろ考えて荷造りするのが たのしい
「開けたらどんな顔をするかな~?」と ちょっと想像しながら わくわく

いつも思う
「こうして 贈れる人がいるってしあわせだなあ~って」



           さて しばらくお出かけするので お休みします

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                    稔りの秋っていいですね

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by bienes | 2015-10-31 21:06 | 人生 | Trackback | Comments(0)

一番上の孫が 研修旅行とかで オーストラリアに行った
すごいね 今どきの高校生は
近所の高校も海外研修旅行へ
最近は修学旅行とは言わないらしい
・・「親のすねかじりで 海外かい?」という気もしたが・・
孫は 小遣いはバイトで貯めて行ったらしい(友人もそうらしい)
時代が違いすぎてよくわからないことだらけ

しかし若い年代で 異文化に触れ
世界の広さを知っておくのは 大事なこととも思う

私の高校生時代は 国内の修学旅行
高校生のバイトは基本的に校則で禁止(我が高校は)
特別に親の許可があれば条件付きで可ということだった
恐る恐るバイトに行きたいと希望したら
もちろん お堅いわが父は「バイト行く暇があれば勉強せい!」と一言で却下
携帯電話のない時代
小遣いは 映画と本代に消えていた でも 
友人と 映画を観に行ったりいろいろ長い時間あきもせずおしゃべりした
大学時代は 社会の事が気になってきた・バイトもしたけどボランチティア活動もした
むかしはむかしだけど・・

  沢山人生を生きてきて こうして今 子や孫の育ちをうれしく思うけど
  時代を超えて伝えていく大事なこともあると思う

ま、なにはともあれ 無事に行ってくることを 祈ろう

そして今度会ったら
  ばあちゃんは ひとこと言おう!
  「18歳から選挙権ありの時代になったよ 大丈夫?!
  政治の事も勉強して みんながしあわせになる未来をつくろうね」と


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by bienes | 2015-10-04 21:54 | 人生 | Trackback | Comments(0)